母旅立つ

8月9日、朝未明、母は急に旅立ちました。
妹が近くにいるので泊っていることが多いのですが、8日はなんとなく具合がよさそうなので、自宅に戻っていました。朝お手伝いさんが、応答なく、鍵をもっているので、あけてはいるとすでに冷たくなっていたとのことでした。
連絡を受けた妹はすぐに、タクシーでかけつけその時はすでに帰らぬ人となっていました。
往診をしてくださる医師の診断では、慢性心不全の急性転化で、1分ほどしか苦しまなかっただろうし、病院にいてもおそらく助からなかったとのことでした。朝早く(6時よりまえに)着替える習慣があり、着替えている最中に(上は何もつけてなかった)発作がきたのだろうという推定でした。
母は2007年夏に足にむくみがきて具合悪くなり、病院で、弁の不全、心房細動、心不全の急性化と診断され、すぐに入院しました。当時の主治医の診断では1年もたないといわれ、そのショックも一因となり私も肺血栓となり12日入院しました。母は2007年は3回入院しましたが、2008年からしぬまでは、自宅にいて月に2回往診してもらっていました。そして割といい状態が続いており、治療の効果もあったのか心電図もよくなったみたいでした。

年に3回ほど息子を連れていった時も息子の成長を喜んでくれました。今年は息子の就職問題もあり、ふつうは6月にもいくところ、あまりいらいらした様子を見せてはいけないと思い、夏は暑いし、9月16日のコンサートまでは落ち着かないので、それがすめば、何回かいくといったところでした。

5日にも息子のことを相談し、力づけてもらい、また弟親子は8日にたずねて、元気そうだといい、妹も7日の同窓会のあと実家にとまり、ながいこと夜更けまで話し込んだ、また8日の午後9時ごろには何軒かのお宅に電話もしたともききました。

こちらも何が起こっているのかわかりませんでした。10日に実家につき11日通夜、12日葬儀できのうおそく、一家3人で帰ってきました。

母も私も自己主張が強く、互いにゆずらないので、よく衝突しましたが
天国に召された後は、すべてが美化され、思い出の1コマがうれいを含みつつも輝きがあるようです。

幼いころに、横につきそってピアノのおけいこを泣きながらさせられたこと、また何年か前に「あんたのその暗譜力があれば、少々才能がないのがカバーできないかね」といわれ、ピアノを深くすることを示唆したのも母でした。リストの小人の踊りをきいて、「意外と軽い曲もひけるのね」といってくれました。
やはり小さい時からきびしい先生につけてくれたからこそ、音大を失敗しても基礎力が身についていると思っています。CDを送ると喜んできいてくれて、「前より上手になった」といってくれました。
9月16日のコンサートも後でCDできいてほしかったのに。
旅の思い出が追悼のようになりますが、天国にむけて、演奏しようと思います。
もちろん今回のコンサートは無理ですが、リスト生誕200年である来年、ペトラルカのソネットとかオーベルマンの谷も考えています。

そういうこともありまして、8月15日の二台ピアノの会も拝聴を楽しみにしておりましたが、今週起こったできごとですので、しばらくは家でひっそりと練習したいと思っていますので、ご無礼をおわびいたします。ご盛会をお祈りいたします。

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この記事へのコメント

サイボーグ
2010年08月22日 11:12
突然のお別れ、ショックの大きさをお察しします。心からお母様のご冥福をお祈り申し上げます。私の母も8月14日、暑い盛りに亡くなりました。今年七回忌法要をしましたが、照りつく日差しと、蝉の鳴き声は母のベットでの最後の日々が蘇ります。どうかMさんにとって、音楽が救いになり慰められることを願っています。
nori
2010年08月22日 11:48
サイボーグさん
ありがとうございます。暑い盛りになくなられるかたは多いですね。基礎疾患のある場合、夏の暑さはこたえるのでしょうね。私の場合、突然でしかも離れていますので、最後の日々は想像ができないのです。ピアノがある程度ひけてよかったと思っております。9月16日は7月で曲が仕上がっているので、なんとかなると思います。よろしくお願いします

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