雑司ヶ谷音楽堂で

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昨日は雑司ヶ谷音楽堂でピアノと戯れるの会がありました。
この会でホールで演奏するのはずいぶん久しぶりです。
大きくありませんが、素敵なホールです。
途中休憩がありましたが13時半より18時まであり、長かったですが、個性あふれる演奏が数々あり長いという感じはしませんでした。

私は3部の4番目でシューマンのウイーンの謝肉祭の道化1楽章を弾きました。
途中左手の音がわからなくなって、とばしたところが2か所ありましたが、あとは無事に進んだという感じでした。自分の中ではそれほどあがりもせず、曲のパートの移り変わりは把握してひいたつもりです。

演奏後次のかたが、英雄を堂々とおひきになったので、ききながら、自分のシューマンに思いをめぐらしていました。
5月4日は悪あがきをしました。この曲がシューマンの精神病、いまでいうと双極性障害をあらわしているかのごとく、アップダウンの激しいものであり、私も主人を亡くしたショックから2012年は引きこもり、うつっぽかったので、曲の精神面は理解できますが、それが音になってこないのです。4日に12回弾き、10回目にやっとわかりました。最初の1拍目が手首をさげてどしっとした音をだすと、どうどうとした感じになり、またその主題のあいだに、メロディを優先するようなパートがでてくるのですが、そこを内面の旅を表すように弾き、フランス国家がでてくるところは、堂々と続くところは、皮肉っぽくひくと少しは立体的になることがわかりました。
実際は、最初のところが、大半はよかったかもしれませんが、時に音がかするようなところはありました。とりとめのないメロディがでるところは、まるで夢遊病者になったような気になりました。眼は鍵盤かStainの文字をみつめてたとおもいますが。ピアノで大事なのは劇と同じで、その役柄になりきることだということがわかりました。

最後ブルグミュラーの連弾集で、踊りあり(これがまた素晴らしい)リズムありで素晴らしくよかったです。

ティーパーティがありました。本当久しぶりにいろいろな人と話をしました。
ホールでの会は何年かぶりで、また私も2012年~2013年前半とピアノがブランクでしたが、そういうことを自分でも感じないほど違和感なく楽しめ、みなさんのお人柄を感じて、音楽の力の偉大さを知りました。

この会がこうして続いているのも主催者さんの人柄によるものと思われ、感謝します。素晴らしい会とご縁のあったことにも喜びをかんじます。
その主催者さんのひかれる熱情3楽章は、私も弾きましたが、とても人前で軽々とひけるものではありません。
はやいテンポで、よどみなく、またリズムがきっちりとなさっていてダイナミックでうらやましかったです。
その方に「よかった」という感じでいっていただき、また私ではひくどころが譜も読めないラフマニノフのソナタを弾かれた方とか、ほかにもよかったといっていただき、うれしく思いました。悪あがきのかいがありました。

きのうは疲れて文章のくみたてもままならず、今日になってしまいました。シューマンの精神構造のようなものがすこし把握でき、それをキーワードに現在は上記の曲以外できませんが、とりくんでみたいです。今日すこしばかりひいたシューマン作品についてのべてみたいです。

幻想小曲集 1.夕べに 6、寓話 7.夢のもつれ(これは弾いたけれど、またしてみたい)何となくユーモアを
感じます。
ウイーンの謝肉祭の道化 4楽章5楽章(既習、1楽章をしたことで奥行がでてきたような感じです)
アレグロ (既習)きれいなところに気が付き感動しました。
アベッグ変奏曲(既習 ユーモア感覚をとりいれればあるいはよくなるかも)

未習の曲
トッカータ(テクニックはむつかしいけれど、メロディが好きなのでしたいです)
ソナタ2番(1,2、前よりひきやすくなっていて、歌わすようにひけばいいのでは)
幻想曲はウイーンの謝肉祭であれだけてこずったので、長いしむつかしい(最近10分以内で切られることもおおいし)
クライスレリアーナ(ウイーンをさんざんひいたら、明暗、アップとダウンの部分が把握しやすくなった

これを書いている間にも私の演奏でなく、充実した会の余韻、メンバーの温かい雰囲気が残っています。

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